費長房(ひちょうぼう)図

今回紙面で紹介する費長房(ひちょうぼう)もそんな一人。中国の古代の書物『神仙伝』に掲載されている。

平成16年12月20日

福島美術館通信 No.34
【陳列作品紹介】

■費長房(ひちょうぼう)図

狩野常信(かのう つねのぶ)筆 江戸時代前期
絹本墨画 120.2cm×48.4cm

福島美術館が昭和55年に開館して以来継続している展覧会(実は、1度だけ休んだことがある)、それは新春吉例「めでた掛け」。あまり聞きなれない言葉である。それもそのはず。今は亡き学芸員の方の造語である。「めでたい掛け物」を展示するという意味の展覧会。まさに、お正月の展覧会にふさわしい名称だと思っている。

さて、今回の「めでた掛け」は仙人に注目した。
仙人(僊人)はもともと中国・道家(道教)で理想とする人物。人間界を離れて山中に棲み、五穀を食べずに露を飲み、不老・不死の法を修め、神変自在の方術を得た人物の総称である。

無為自然と延命長寿という、人々の生き方の理想と願いが原点にあるのが中国の神仙思想だが、中国とは摩訶不思議で奥の深い国である。この仙人と呼ばれた人物、実在の人物も伝説上の人物も、神も含めて真面目に語られる。皇帝たちも仙人の能力を追い求め、そして、書物に残され、後世に語り継がれている。

今回紙面で紹介する費長房(ひちょうぼう)もそんな一人。中国の古代の書物『神仙伝』に掲載されている。
本図には鶴の背に乗り、経巻を紐解きながら空中にいる人物が水墨で描かれている。背景は薄墨を刷き、まさに大空を優雅に舞っているようだ。
鶴に乗る仙人は鶴仙人といわれるが、費長房の他にも「王子喬(おうしきょう)」や「黄鶴楼(こうかくろう)」など、何人かいたようだ。

費長房は生没年不詳。中国の後漢時代の方士(ほうし)。
壺公(ごこう)という仙人の弟子となり共に人界を去り、仙人となる試験を受けたが、最後に失敗。仙道は得なかったが、長寿と使鬼の術を授かり、家に帰った。その後は治病や求雨の奇蹟を行ったという。尚、『後漢書』方術伝では鬼神を使役する符をなくした費長房は、後に鬼神に殺されるという結末である。

筆者の狩野常信(1636〜1713)は江戸時代前期の画家。
御用絵師である木挽町(こびきちょう)狩野家2代。画は叔父にあたる狩野探幽に学んだ。仙台藩伊達家と木挽町狩野家は縁があり、仙台でも常信の作品に出会うことがある。

新春は無病息災と延命長寿の願いを具現化した仙人の絵を掛け、その不思議な能力にあやかりたいものだ。もちろん自己の能力を伸ばすことへの努力は忘れずに。
(尾暮)

 

≪仙人・ひと口マメ知識≫

【列仙伝・れっせんでん】
中国の古書。不老長生が誤りなき事実であることを証するため、上古より秦漢代に至るまでの、仙人70人の伝記が収められる最古の仙人列伝。上下二巻。
煙に乗り天地を上下した仙人、回春の女仙、龍に乗る仙人、鯉にのる仙人など、いわゆる古仙人のほか、実在人物も含まれている。「仙人」が伝説上の存在ばかりではなかったことを示している。

【神仙伝・しんせんでん】
『列仙伝』につぐ中国古仙人伝の集成。中国・東晋の葛洪(かっこう)が集録したもの。
九十二名の仙人(神仙)の幾世代にもわたる神出鬼没の行動、仙薬の効能、養生の方法など、具体的に示したもの。全10巻だが、原本のままでなく、現行本の成立は明時代末以降とされる。
※以上の現代語訳は『中国古典文学大系8』(平凡社)に所収。関心のある方は、こちらをどうぞご覧下さい。

【神仙・しんせん】
不老不死を得たもの。仙人。神人と仙人とを結合した語とされる。中国古代の文献に共通するのは、神仙(仙人)は山に住み、空を舞い、五穀を食べずに露を飲み、何年たっても若々しいという。黄帝(こうてい)や老子は仙人の祖として崇拝される。不老不死は神仙思想や道教では究極の目的とされる。

【仙薬/丹薬/方薬・せんやく/たんやく/ほうやく】
不老長生の効果があると考えられた薬で、神仙になることを可能にする薬。時代や人により捉え方が異なり、明確な区別はない。但し、方薬は医薬の意味で用いられるケースがある。また、不老不死の薬の上薬(金丹)、精を養う中薬、病を治す下薬という分類もある。東洋医学の源といえる。

【方士・ほうし】
中国古代において、祭祀・祈祷・不老長生術・医術・呪術・占星術・ト占など、不老・長生や神仙を目指す技術=方術を行って禳禍招福をもたらす超能力をそなえた人物のこと。

【道士・どうし】
道教を信奉し、道教の戒律を受けて、道教の経典読誦や儀礼の執行に当たる宗教者。
仏教の僧侶、神道の神官に相当する。道士という語は、もともとは漢代では何らかの道術を身につけた者を指す語だった。方士の類義語でもある。
現在のように道教の執行者を指して道士という例が固定化するのは4、5世紀頃といわれる。

(文責 尾暮)