社会福祉法人共生福祉会 福島美術館

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平成17年9月1日

福島美術館通信 No.35
【陳列作品紹介】

■葡萄(ぶどう)図

伊達宗村(だて むねむら)筆
江戸時代中期
紙本墨画 18.0cm×28.5cm

福島美術館の所蔵品の一つに上げられるものに仙台藩伊達家旧蔵品がある。福島家に譲渡されたいきさつをここで述べるのは紙面の都合上控えるが、それは郷土の文化財の流失を阻止する結果となり、今日に至っている。

そして、仙台藩伊達家の旧蔵品であることを確かに示すものに、「蔵番号」がある。収められている箱に貼られた「番号札」と資料名が伊達家の宝物帖と照らし合わせると合致するのだ。しばしば、展覧会のキャプション(解説)で「伊達家旧蔵品」と紹介するのはこの蔵番号が貼ってあるものである。

この「葡萄図」もそのひとつ。箱の蓋と本体にそれぞれ蔵番号が貼られている。この作品の筆者・伊達宗村(1718〜56)は仙台藩6代藩主。5代吉村の第4子。幼名は勝千代丸。総次郎久村と称し、元服後は宗村と改めた。寛保3年(1743)26歳で襲封して陸奥守(むつのかみ)となり、延享4年(1747)に従四位上(じゅしいのじょう)に叙せられ左近衛権中将(さこのえのごんのちゅうじょう)に昇進した。父である吉村はおよそ40年の長きにわたり藩主の座にあり、財政の建て直しを計り、後世には「中興の名君」と称えられた。それを引き継ぐ者のプレッシャーはいかばかりか。黒字の繰り越しを守るために、宗村は毎年のように倹約令を出している。

本図は、奉書紙(ほうしょし)に水墨で描いた葡萄図。中央には縦筋が見え、もとは画帖だったことを示す。奉書紙とは中世に始まり、特に江戸時代に最高級の公文書用紙として盛んに漉かれた楮(こうぞ)紙のこと。

葡萄の実と葉は墨面で表され、葉脈は生乾きのうちに描かれており、楮紙の特性である「にじみ」を生かしている。対照的に葡萄の蔓はにじみをおさえ勢いよく描かれている。画面右に「羽林中将宗村畫」の落款が見られ、中将に昇進した1747年以降の宗村晩年の筆となる。

葡萄図は陶磁器の図案にもしばしば登場するが、蔓性の植物は連綿と続く「万代」を寓意し、たくさんの実をつける植物は「多子」を寓意するおめでたいモチーフなのである。

お殿さまの悠長に感じられる作品も事情を知ると、伊達家・仙台藩を後世に引き継ぐための悲壮なまでの固い決意を感じるのは自分だけだろうか。しかも、宗村は宝暦の飢饉で領内が混乱している最中、39歳の若さで死去する。跡を任されたのは15歳の若き藩主・重村だった。
(文責・尾暮)

〜〜〜雑感。。広瀬川のかぜ〜〜〜

東北電力で毎月刊行されている冊子『白い国の詩』(無料配布)の8月号の「美術を読む」というコーナーで、福島美術館が紹介された。毎回、東北各地の美術館・博物館を公募で選ばれた2人の読者が訪ねるという企画。東北電力からこの企画を受けたのは昨年の9月頃だった。福島美術館は年3回の展覧会期間しか公開されていない。
取材時期、発刊時期についてはこちらの事情を伝え、ワガママをきいて頂いた。そんなわけで、取材は春の公開展「江戸時代の作家たち」となった。そして発刊は秋の公開展前にしてもらった。
年が明け読者が選ばれたという報せを受けた。新潟県の方だという。連絡を頂いて正直困惑した。なぜなら、招待とはいえ、新潟からわざわざ貴重な時間をかけて見に来てくださるという。
福島美術館の所蔵作品は小品ながら、歴史的にも美術的にも価値のあるものと学芸員として自負している。しかし、決して胸をはって「ようこそ」とは言えない自分がいる。
新潟からのお客さまたちは4月21日新幹線を乗り継いで午後見えられた。取材スタッフ4名と仙台駅で合流。サクラの花は満開が過ぎ散りかげんだった。前日とうってかわって気持ちのよい日だった。
自分ができることは、わかり易い作品の案内、そして、とっておきの景色のプレゼントだった。美術館に来られた方でも4階南側の窓から望む広瀬川と大年寺山の景観をご覧になったことがある方は少ないだろう。
展覧会の案内が終わり、いよいよ4階に案内した。
一同「わあーっ!」と窓に近づき、景観を望む。広瀬川から吹く風が心地よかった。宮沢橋の赤い欄干、青々とゆったりと流れる広瀬川、そして遠くに見える大年寺山の新緑。
「仙台駅からほんのわずかな距離の場所でこんな景色が見られるなんて、本当にすばらしいですね。」と感激された。福島美術館の思い出に加えていただけたら倖である。
しかし、景観とは時代と共に変わるもの。4階の窓から望む景観も今秋限りである。南側に7階建てのマンションが建つことになった。今や珍しいことではないかもしれない。これまでこの景観が残っていたことが奇跡だったのかもしれない。以前はお屋敷街だった一帯は所有者が変わり、次々と建物が一新されていく。時の流れと一言でかたづけてしまうにはあまりにも哀しい現実である。
4階の部屋は普段は貸室として利用されている。利用がなければ、展覧会をご覧の後、是非、広瀬川の風を実感されてはいかがだろうか。但し、窓を開けたら、戸締りはお忘れなく。
(文責 尾暮)

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