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福島美術館通信/バックナンバー

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平成17年12月25日

福島美術館通信 No.36
【陳列作品紹介】

■狗児(くじ)図

望月金鳳(もちづき きんぽう)筆 明治〜大正時代
紙本墨画淡彩  126.7cm×43.9cm

風にそよぐ数本の竹の傍らに柔らかそうな毛に覆われた三匹の洋犬の仔狗(犬)が戯れている。手前に小さくうずくまる全身が白の仔犬、左方を向く茶と白の仔犬、そして正面を向いている黒と白の仔犬。淡い色調の中で仔犬たちの塗り込められた円らな瞳は、まるで少女マンガにも描かれそうだ。

動植物を描いた絵を総称して花鳥画(かちょうが)という。花鳥画には、単なる自然景の描写ではなく、何らかの好ましい意味が込められているという。

では、この仔犬と竹を描いた作品にも何か好ましい意味があるのだろうか。

犬は昔から狩猟犬や番犬として人間と深い関わりがあった動物である。犬には「(子どもの)魔よけ・辟邪(へきじゃ)」「安産祈願」という意味がこめられている。わが国でのわかり易い一例では犬張子(はりこ)という愛玩物(玩具)がある。これは婚礼の調度や誕生の祝儀・お宮参りの時の贈りものとして、更には三月の節句の調度としても飾られたという。

次に数本の竹だが、犬の背景としてはしっくりこない。実は竹には様々な好ましい意味が込められている。日本で「松竹梅」といえば、おめでたいものの代名詞のようにセットで挙げられる。また、画題としては「高節の君子」(竹・梅・蘭・菊で四君子という)という意味がある。しかし、竹のもつ吉祥(きっしょう)の意味はそれだけではない。中国では成長の早い竹(筍)は「子授け・子孫繁晶」のシンボルとして、また竹林の地下茎の緊密さにちなんで「団結心・義侠心」という意味がある。さらに、竹には「平安」という意味もあるという。中国の歳の暮れや春節に打ち鳴らす爆竹(ばくちく)は、本来は竹を火にくべてその轟音で邪気を追い払い、来るべき1年の平穏無事を祈念するものだったという。

以上のことから、この一幅の掛け軸には「多子と子孫繁晶、平安」という複合的な好ましい(吉祥)意味が込められているようだ。

筆者の望月金鳳(1846〜1915)は大坂出身の画家。円山(まるやま)派、四条派を学び、一時内務省の役人となるが、明治23年(1890)辞職し画事をもって立つ。花鳥とくに動物画を得意とし、猫の金鳳と称されたという。

歴史や文化を踏まえて作品と向き合うと、新たにいろいろなものが見えてくる。その中には人々の願いとして好まれて繰り返し描かれ、長い時を経て吉祥画題として受け継がれているものも数多くある。
(文責・尾暮)

〜〜〜雑感。。広瀬川のかぜ その後〜〜〜

前号では福島美術館の南側に高層マンションが建つことになったということをお知らせした。それを具体的に知らされたのは今年の5月下旬だった。
福島美術館は4階建てのライフセンターという名称の建物の中に併設されている。4階にある大会議室からは四季折々に色を染め上げる大年寺山、宮沢橋の赤い欄干、青々とゆったりと流れる広瀬川を望むことができる。窓を開け、遠くを望むとすがすがしい気持ちでいっぱいになる。
自分は日常2階南側の学芸員室で業務を行っている。学芸員室からは緑豊かな福島邸が見えた。自分が美術館に勤務した頃はもうすでに、かなり老朽化しており、母屋の一部のみを使用されていたようだった。蔵、茶室、井戸、そして、広い広い庭には大小さまざまな樹木や草花があり、そこへ小鳥やカラス、昆虫が集い、思い思いに生を満喫しているかのようであった。
珍しい樹木や草花もたくさんあった。しかし、植物や鳥類には疎い筆者である。そんな筆者が関心を抱いたのは、学芸員室の窓の右端と左端に1本ずつ見える樹木だった。春になると枝先からポッポッと濃いオレンジ色の新芽が出る。それは少しずつ少しずつ伸びて開くと、真っ赤になり、赤い花が咲いているかのような、はたまた紅葉しているかのように人目を引いた。あたりは春の若草色でふわっと包まれているのに、そこだけあでやかな空間となる。しかし、それも数日がすぎると、あっという間に濃い緑色に変わり、周りの夏の緑たちと同調する。冬が終わり、春が来て、夏へと装いが変わる自然の様を窓から眺めるのが心地よかった。
また、日は少し傾いたが日差しはまだまだ強い夏の午後、太陽は突然黒い雲にかき消され、普段は窓の向こうに望む大年寺山が強くなる雨脚の中で次第にベールに覆われ、そして見えなくなる。しばらくして雨は力尽きたかのようにパタッと止む。すると大年寺山は再び空の向こうに一層緑を濃くしてあらわれる。目の前に広がるこの夏の景は、暑い夏の仕事の疲れを十分癒してくれた。
まさに、恵まれた環境の中で、豊かな時間を送っていたことに気づく。
10月下旬からその環境は一変した。福島邸と隣のY邸の解体工事が始まった。まず古い門が壊された。次に窓ガラスがはずされ、それをガシャガシャと砕く音が学芸員室で業務する筆者の脳をつんざいた。重機が入り、数人の職人たちは屋根に上り、瓦を取り外す。そして、大小さまざまな樹木や草花は掘り返され、伐採された。それがすむと解体はあっという間にすすんだ。毎日毎日数台の重機がガーガーと働き、広い敷地は瓦礫の山となった。そして12月、学芸員室の南側は静まり返り、ただ広い更地が目の前に広がっている。もう、鳥も虫も、ノラネコさえ来ない。
先日、地鎮祭を終えたようだ。あとは工事が始まるだけだ。
ほんのひと時、静けさとパノラマとの別れを惜しみ、愉しんでいる。
(文責 尾暮)

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