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福島美術館通信

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平成19年12月20日

福島美術館通信 No.40
【陳列作品紹介】

■子(ね)の日(ひ)遊び図
(双幅の内右幅・部分)

土佐光孚(みつざね)筆 江戸時代後期
絹本著色 各105.0cm×39.7cm

「子の日遊び」は正月の初子(ハツネ)の日に催された遊宴行事で「小松引き」「子忌(ネイミ)」ともいいます。いつから始まったか正確にはわかっていませんが、『文徳実録』の天安元年(757)の記載より、宮中において子(ネ)の日行事は、他の節会などと同様、宴会行事として奈良時代から催されていたことが知られています。この日山に登り遠く四方を望めば、邪気を祓い憂悩を除くとする中国の習俗に拠るとされています。日本での行事の内容には「小松引き」と「若菜摘み」とがあり、平安の貴族たちは正月のはじめの子(ネ)の日に、北野や船岡山など郊外の野辺に出かけ、自然の生命力といわれる小松を根ごと掘りとってきて千代(チヨ)を祝い、摘み取った若菜を料理の食材に加え皆で長寿を祝い、和歌を詠むという宴を催しました。

本作品の「子の日遊び図」(双幅)には右幅に「小松引き」、左幅に「若菜摘み」が描かれ、上方にはそれぞれの様子が和歌として詠み込まれています。

右幅「気(きょ)ふ(う)ここに子(ねの)日(ひ)須(す)る野の姫小松 飛(ひ)く手(て)にち(ち)世(よ)能(の) かけぞこもれる 貞敬」

左幅「古礼(これ)そ此(この)沢遍(さわべ)に出(いで)て若那(わかな)津(つ)無(む) 大ミ(おおみ)や(や)人(びと)農(の)袖屋色以(そでやいろい)路(ろ) 尚忠讃」

小さな松があちこちに生えている中に、髪を後ろに束ねた童女と男性が見えます。童女は小松に手をかけながら男性を少し見上げ、指示を求めながら小松を引き抜こうとしているところでしょうか。扇子で指し示す男性の「コレコレ、ソレではない。もう少し、青青とした、ソウソウ、ソレを引き抜きなさい。」などという会話が聞こえてきそうです。

背景は土坡(ドハ)と山並みだけを表した単純なものですが、小高い丘に登った様子を読み取れます。

筆者・土佐光孚(トサ ミツザネ/1780〜1852)は江戸時代末の土佐派の絵師です。父である絵所預(エドコロアズカリ)・土佐光貞(ミツサダ)に絵を学び、土佐守(トサノカミ)を名乗った土佐家末期の中でも名人とされた絵師のようです。讃者については未詳です。

正月七日の「七草粥(ナナクサガユ)」も自然の生命力を取り込むという点で、この行事に類似していますね。また、「小松引き」や「若菜摘み」は、やがて野に出て遊ぶピクニックという形として一般化していったのでしょうか。
(文責:尾暮)

〜〜〜雑感 広瀬川の風をもとめて 其之参〜〜〜

今回は、宮沢橋を河原町側に渡って、広瀬川左岸の遊歩道を通り、フシギな鉄の橋を渡って美術館に戻ります。こちらの遊歩道に来てみたら、ぜひ河川敷におりてみましょう。さらにゆったりとした時間を愉しむことができます。河川敷は運動広場・芝生・遊具・ベンチが用意された緑地公園となっています。仙台の夏の風物詩の一つ・広瀬川灯ろう流しが開催される場所でもあります。

ここではいろいろな愉しみ方があるようです。スケッチをしている方・双眼鏡を覗き込んでいる方、近くの保育園の園児たちのにぎやかな散歩に出くわすこともあるでしょう。

愛宕堰(アタゴセキ)のゴオウゴオウという水音が聞こえると、緑地公園は終わりに近づいています。そろそろ遊歩道に戻りましょう。・・・ウん?遊歩道に上がる壁の傍に不思議な石塔が二基見えます。上部は切り取られており、表面も風雨の磨耗でよく読み取ることはできませんが、尼僧の石塔のようです。廃仏毀釈(キシャク)の憂き目を負ったのでしょうか。しかし今は、石塔の前に花が供えられて、周りには季節の花がグルリと植え込まれています。哀しい運命の下にここに移されたと想像される石塔であるにもかかわらず、柔らかい陽射しの中で優しく包み込まれているように感じられます。

さて、不思議な鉄の橋に到着です。橋の下を流れる川は七郷堀といって、藩政時代の農業・生活用水路の一つで、今では貴重な景観です。この七郷堀に架かる橋は人と自転車とバイクしか通ることができない、幅2メートル弱、長さ12.8メートルのまさに「一本橋」。橋の両端には間隔1.4メートルの2本のポールが立てられ通行制限があります。しかし「聖願寺橋」という立派な名前があります。現在の橋は昭和40  年に架け替えられた新しい橋ですが、明治時代まで近くに「誓願(セイガン)寺の渡(ワタ)し」があった名残と思われますが、この橋の名に「聖」の字が使われた理由はわかりません。

この橋だけでも渡ってみたいという方、福島美術館から3分程度です。この橋を渡れば、広瀬川は目の前です。春夏秋冬、季節を問わず心地よい風がココロを吹き渡ることでしょう。

(文責 尾暮)

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