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福島美術館通信

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平成21年12月5日

福島美術館通信 No.44
【陳列作品紹介】

■草紙洗い小町図

(対幅の内、右幅部分)
忠岡三千子(ただおかみちこ)筆
江戸時代中期
紙本著色 各132.0cm×59.5cm

毎年新春に開催する展覧会「めでた掛け」は、福島美術館では新春吉例となっています。吉例といっても勿論毎年同じ作品を展示するわけではありません。毎年テーマを設けて新春にふさわしい展示作品を選考しています。企画する側にとっても楽しい展覧会です。そこで、今回テーマとしたのは「福笑い」です。

皆さんがご存知の諺に「笑う門(かど)には福来る」があります。また、昨今は科学的に「笑いと健康」が注目されています。笑うことは免疫力アップや、お顔の老化防止、運動効果、脳の活性化などにつながるそうです。笑うことで幸せになれるならば、怒ったり、泣いたり、愚痴をこぼしたりするより、笑っていたほうがいいですよね。

今回紙面でご紹介する作品もまさに、怒り悲しみが解き放たれたような心情をユーモラスに描いた作品です。驚きなのが、これが江戸時代の中頃に画家でない一般女性が描いた作品ということです。

本作品は平安時代の歌人・小野小町を題材とした謡曲に取材したものです。内裏における歌合せの席で、盗作の汚名をかけられた小町。相手の大伴黒主が加筆した歌が洗い流され、盗作の汚名がそがれた場面を描いています。小町は袖をまくって二の腕を露に出してにこやかな表情です。美人で名高い小町がおおらかな女性として戯画風に描かれているのが見るものをホッとさせます。

この戯画風な作品を描いた忠岡三千子(生没年不詳)は京都出身、仙台藩七代藩主重村の正室近衛氏年子(惇姫・観心院)の侍女で、名を蘭といい園井と称しました。京都に育った年子夫人と共に仙台藩に入り、奥女中として仕えた女性です。年子が正室となったのが宝暦10年(1760)で、亡くなるのが文化2年(1805)です。したがって忠岡三千子の活躍年代も限られてきます。近世以前、女性は画に優れていても公の記録に記されることは少ないので、非常に稀なケースといえます。

三千子の作品は仙台市博物館に5点、当館に5件が認められています。それら作品は古典に取材をとった作品が多いですが、狩野派を基礎においた大和絵風の細密な描写が特徴的です。仙台市博物館には伊達家の夫人肖像画が2点収蔵されていますが、いずれも狩野派風の肖像画です。また肉筆浮世絵も手がけており、その作域の広さ・教養の深さに驚かされます。

盗作の汚名を笑いで吹き飛ばすようなおおらかさが、小野小町に果たしてあったかどうかは定かではありませんが、心地よい気分に浸るには十分な作品といえます。

(文責・尾暮)

福島家に寄せて(続)

家の歴史を調べることは難しいと実感した秋の展覧会「福島家サロンと来訪者たち」だった。福島美術館は、福島禎蔵翁が福島家の美術コレクション三千点余を共生福祉会に寄贈したことではじまっている。そこには「文化と福祉の接点となるように」との深い思いが込められている。しかし、その元となる福島家についての研究調査は残念なことに十分とはいえない。今後も併行して調査を進めたい。

ところで展覧会の準備をすすめていく中で、バラバラな点の資料が一本の線の資料になったものがいくつかある。それらから今回は二つ程紹介したい。

まず、政治家・遠藤温(おん/1823〜1896)と福島家との姻戚関係である。これにより五代運蔵翁(1810〜1886)の墓碑銘原本掛け軸、六代與惣五郎翁(1864〜1938)の供養塔銘原本掛け軸、桃生郡北村(現宮城県河南町)にある遠藤温記念館(昭和3年建築)の写真、これら三つが一本の線となった。運蔵の墓碑銘の原本を表装した掛け軸は福島家の初期のコレクションの一つである。明治29年(1886)に仙台の元僧侶・書家であった宮沢稻洲(とうしゅう)が筆を執ったもの。運蔵翁の出自、功績、家族などが記され、運蔵翁を知る数少ない手がかりの一つ。この原案を作成したのが遠藤温であった。

遠藤温は明治大正の政治家。仙台藩の学問所である養賢堂、ついで江戸昌平黌(江戸幕府直轄の最高学府)に学び、同校中教授となる。明治12年に県会議員、そして議長・副議長を務め、明治23年衆議院議員に当選している。遠藤温は孫娘・禎を運蔵翁の長男・與惣五郎翁に嫁がせている。與惣五郎翁の供養塔銘に見える「前配遠藤氏」が、この禎(明治17年6月4日没、享年17歳)のこと。そして與惣五郎と禎の間に生まれた長男・善蔵(明治17年4月3日生)は遠藤温の養嗣子となる。更に與惣五郎翁の後妻・織得の妹・石田梅香が善蔵に嫁いでいる。

次は書棚に収められていた『松島金華山漫画之旅』(仙台協賛会編/大正12年年8月発刊)という一冊の本と、12枚の漫画家色紙。全く別々のところに保管されていたこの二つも実は一つの資料だった。

図書によれば、仙台協賛会は大正11年の夏に<漫画の旅>を企画し、東京の新聞関係漫画家を主要メンバーとする「東京漫画会」(大正4年に結成)を松島、金華山、鳴子、川渡、仙台に招待している(8月18日〜24日)。本図書はこの翌年に刊行された旅行記である。寄稿者は目次順に池部鈞・前川千帆、中西立頃、山田みのる、幸内純一、小林克己、在田稠、宮尾重男、下川凹天、代田收一、宍戸左行、清水對岳坊、森島直造、森火山の14名。旅には北澤楽天、近藤浩一路、鳥平子の3名が加わっていた。色紙は「フジビール 楽天」(2枚)「鳴子こけし 千帆」「ハットセ 重男」「川渡の景 みのる」など旅をテーマに描かれたもの。漫画家色紙はこの旅の訪問先の一つであったフジビールの会社(福島禎蔵翁設立)に贈られた記念の色紙であった。個人の美術館って難しいけれど面白い・・と感じる日々である。

(尾暮)

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