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福島美術館通信

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平成25年12月19日

福島美術館通信 No.51
【陳列作品紹介】

朱画達磨

中林梧竹筆
明治時代 紙本朱画朱筆 67.5cm×24.0cm

全国の多くの温かいご支援と、文化庁・宮城県の補助を受けて福島美術館が再開して1年になる。この佳き1年はあっという間に過ぎ、そして福島美術館はまた新たな年を迎える。

今回の「新春吉例めでた掛け」のテーマは、「一 富士 二 タカ 三 ○○」。

「一富士二鷹三茄子」といえば、おめでたい初夢の順番である。江戸時代の人々はこれらの夢をみるために、正月2日の晩に、宝船を描いた絵を枕の下に敷いて寝たという。「富士」は霊峰、「鷹」は瑞鳥、「茄子」は物事を成すにかけたもの。まさに日本独特の新年を寿ぐ語呂合わせといえる。

絵画の世界でも富士や鷹は題材として多く登場する。今回はこれらの作品を紹介する他、「三番目の○○」はそれぞれ観る側で探して楽しんでいただきたい。      

さてこの「朱画達磨」は小さな作品である。しかし福島美術館にとっては、とてもおめでたい作品。「七転び八起き」や「必勝祈願」で知られるダルマはインドの僧で禅宗の開祖である。この作品、実は昨年美術館が再開した12月19日は九州の佐賀県小城市の「中林梧竹記念館」の展覧会会場に居た。

筆者の中林梧竹(1827〜1913)は現在の佐賀県小城市の出身。中国に何度も渡り六朝時代の書を学び、東京銀座の洋服店「伊勢幸」に寓居し、73歳で富士山頂に「鎮国之山」の銅碑を建てた。87歳故郷で亡くなる。「明治の書聖」といわれ、亡くなって今年100年となる。佐賀県では三館合同で没後100年記念展「書聖・中林梧竹〜不朽の書」(平成24年12月15日〜25年1月20日)が開催された。

梧竹は仙台をはじめ東北に3回訪問している。宮城県にも岩沼の竹駒神社のほか作品が多く点在しているが、当館も13点収蔵している。これは福島禎蔵が梧竹の弟子・高橋天華(岩沼出身)のパトロンであったことが関係すると考える。

作品上方に「面壁九年我百年」の賛が見える。「自分の書は世に出るまで百年かかる」と梧竹は言ったと伝えられる。賛と簡潔な線で描かれたユーモラスな赤い達磨は、梧竹の書に対する厳しい探求心と装飾の一切を削ぎ落とした素の姿を表す一方で、周囲には温かい眼差しを向けていただろう自身を映すような作品である。故郷の佐賀では皆が「梧竹さん」と親しく呼んでいたが、まるで梧竹本人が帰郷したように「朱画達磨」が大歓迎されたことが今も脳裏に焼きついている。実はこの梧竹さんのダルマの御縁で、佐賀県からは震災復興にかかるご支援を多くの方々から頂いていた。佐賀県の展覧会を通じて皆さまに感謝の意を伝える機会を頂いたことにあらためて感謝申し上げたい。

(文責・尾暮)

つれづれの記〈職場体験を受け入れました〉

昨年度に引き続き、11月12日(火)〜15日(金)の4日間、仙台市立富沢中学校の生徒さん2名の職場体験を受け入れました。
体験の内容は普段美術館で行っている業務を中心に、館内の清掃から受付、「めでた掛け」展の広報発送作業、展示品の湿度管理、デジタルカメラでの撮影の練習などです。
また、秋の展覧会に展示してあった作品の中から、自分のお気に入りの作品を選んで、キャプション(感想)を書いてもらいました。中学生らしい、素直な感想がとても新鮮です。清書後は、実際に展示ケース内に掲示し、たくさんのお客様に見て頂くことができました。
以下、保護者の方の許可を得て、2人のキャプションをご紹介させて頂きます。(文責 小林)

                   

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